Carpainter (TREKKIE TRAX)
──テクノ自体に触れたのはいつ頃ですか?
兄の影響で小学校の頃には触れていました。12歳のときに横浜アリーナで行われた「WIRE」は、僕にとって原体験の場所です。中学生になると兄が見つけてきたデトロイト・テクノやYMOなどの日本のテクノを聴いたり、電子ピアノのシークエンス機能を使ってテクノを作り始めていました。登下校のときには頭の中でテクノを想像しながら踊っていましたね。
──普段の制作環境を教えてください。
基本的にはDAWで作ることが多いのですが、曲によってハードを使うこともあります。小さい頃にピアノを習っていたので、手で演奏した質感が欲しいときにはMIDIコントローラーから取ったり、アシッドベースを入れたいときはTB-303を持ってくる、という感じです。
──この数年のシーンの環境変化によって、ご自身の意識に影響はありましたか?
たくさんありました。コロナの直後は出演する機会がほとんどなくて、曲作りしかやることがない、という状況で。トラックメーカーやプロデューサーの友達とも「今、俺らは曲を作るしかない」とよく話していました。ライブの現場での新しい体験からインスピレーションを得ることが多いのですが、そうも言っていられなかったので「強引に作る!」と決めて制作に取り組んでいました。
──その場合はどのように制作するのでしょうか?
いわゆる手癖というか、知識だけで作ります。僕は普段から機能性に特化した曲を作ることがあって、2020年11月にリリースしたEP『Super Dance Tools Vol.1』も、DJが現場で使うためだけに作った楽曲をまとめたものです。状況が改善し再びイベントが開催されるようになったときに、自分の曲だけでもライブができるように、という情熱だけで作っていました。
──VR空間でのイベントにも積極的に出演されている印象です。
そうですね。2021年の夏に、僕らのレーベル〈TREKKIE TRAX〉の9周年のパーティをソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」内で開催して以来、いわゆるメタバースにおけるDJシーンとの関わりが増えていて、かなり新鮮なライブ体験を得ています。配信ライブにチャットを書き込んで盛り上がるよりも、リアルの現場に近い感覚があるんです。そのいっぽうで全員がアバター化していて、現実ではあり得ないような演出も可能です。
──音響に関してはいかがですか?
もちろん低音の振動で身体が震えることはないですが、VRでも実在感のある音を作ることはできます。あと、現実空間だと幻想的・情緒的すぎる曲でも、VRではなぜかスっと心に入ってくるんですよね。もともとメロディックな曲調が好きなこともあって、そういった曲を作っていきたい気持ちが芽生えています。これも環境が変化したことによる影響です。
──Flow Machinesを使った楽曲制作の感想を教えてください。
普段は書いたパラメータにコードが返ってくるので「操作」という感覚なのですが、Flow Machinesのスタイルパレットは、Flow Machinesの意思で作られたものが提示されるため、操作よりも「共作」という感覚がありました。音楽機材やソフトについては、友達ともよく「操作していくうちにだんだん機材との対話になってくる」って話をしていて。音やビートが複雑化すると、もはやどこを触るとどう変化するのか自分でも分からなくなってくる。それが、機材との「対話」のようだと。Flow Machinesとの共作は、言わば100%の対話でした。順序としては、まずFlow Machinesと一緒にメロディを作り、そこにあとから肉付けやアレンジを施す、という形でした。
──スタイルパレットは「自分らしいけど自分ではないメロディが生成される」点が特徴です。
その部分は最初に感じました。例えば、8小節のうち最初の1小節はとても“僕っぽい”のに、8小節目の一部分だけ自分らしくない音階になっていたり、かと思えば微細な箇所に自分らしさを感じたり。AIにはイメージ通りの答えが返ってくる「万能なツール」というイメージがありましたが、自分ならこうしないな、という部分が意外と入っていたのがおもしろかったです。今回の曲には、そういった提案も取り入れています。アイデアを得る手段としてAIを活用する、というのは発見でしたね。
──便利に感じた機能があれば教えてください。
音の長さを調整する機能と、リレーションです。誰かと一緒に作るとき、相手に「メロディのテンポや印象を若干変えたい」と伝えることがありますが、その感覚に近い操作だと感じました。両者が歩み寄る余地が残されていることが興味深かったですね。
──今回制作した楽曲「Answers」について教えてください。
このタイトルにはAIと対話や問答を重ねて作ったという意味と、音楽のモチベーションに関する問いへの答えは音楽でしか返せない、という意味を込めました。Flow Machinesを使うならばと、デトロイトテクノを基調として、かなりメロディックに仕上げたつもりです。
──最後に、「AIと音楽家」の未来について考えをお聞かせください。
AIの精度や技術が向上すれば、音楽家の特徴をトレースした楽曲は簡単に作れるようになると思います。そうなったとき、作り手に突き付けられるのは「自分が作っているものは、本当に自分にしか作れないのか」という問いですよね。技術的な知識を容易に得ることができる今、曲作りで大切なのは技術ではないと思っていて。それは感情であったり、情熱であったり……呼び方は何でもいいのですが、ともかくAIの発展によって、そういった「技術以外」について考えるきっかけが生まれることはポジティブに捉えています。
そもそも、どのような音楽が売れるか、流行るかについては数値では計れない側面も多いと思っていて、今世界的に流行しているクラブミュージックの一つは南アフリカの独特のグルーヴを取り入れたものであったり、インターネットのブートカルチャーをベースに、技術的には稚拙でも知識がないゆえの面白さから注目されている音楽もあります。それを踏まえると、こういった話題でさかんに危惧される「AIが音楽家の仕事を奪う」ことは起こらないのではないかなと。何を作るにしても、良し悪しの基準を決めるのは自分です。AIには干渉できない、自分を信じる力や決断する力を伸ばしていきたいと思っています。